第62章

島宮奈々未は息を切らしながら、前方に立ち尽くす男を見つめていた。

 プラタナスの木の下、幾筋もの陽光が葉の隙間から降り注ぎ、彼の全身に淡い光の輪をかけているようだった。

 その背中は大きく、それでいて微かな憂いを帯び、どこか寂しげに見えた。

 木の葉がひらひらと舞い落ち、時がこの瞬間に止まってしまったかのようだ。島宮奈々未は少し呆然と見とれていた。その時、脳裏に無数の断片的な記憶が閃き、いくつかの光景が重なり合った。

 五年前、彼女は島宮雪乃に薬を盛られ、純潔を失った。朦朧とする意識の中で、彼女は窓辺に立つあの人の背中を微かに見ていた。

 あの夜、彼が冷たい月光を浴びていたのを覚え...

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